PROFILE

はじめまして!

韓国在住の深澤佳恵です。

2010年に渡韓、ソウルにて印刷会社勤務や
韓国芸能カメラマンを経て
34歳から起業して今に至ります。

現在は、このようなお仕事をしています。

  • BUYMAのパーソナルショッパー
  • BUYMAのコンサル
  • 女性情報発信者向けのプロフィール撮影
  • プロフィール撮影のスタイリング

    ↓たまにこちらも
  • 名刺やブログのヘッダー作成
  • 韓国語から日本語への翻訳
  • 取材申請などのコーディネーター

これだけ見るともしかして、
バリバリ仕事出来て
順風満帆な人に見えるかもしれませんが・・・
実は全然そんなことなかったんです。

なんのために生まれてきたんだろう、
私の存在価値って何だろう・・・
私の才能って何だろう・・・
小学生の頃からこんな深い溝に入り込み、
そこから実はずっと悩んできました(笑)

たくさんの逆境と試練を乗り越えてきたので、
もしかしたら同じように悩んでいる方に
助けになるかもしれないと思い、
プロフィールを書いてみたいと思います。

1.プロフィール(略歴)

名前:深澤 佳恵 ふかさわ よしえ
ニックネーム:YOSSY ヨッシー 
出身地:長野県松本市 (草間彌生と同じ)
家族:韓国人の旦那さん、娘の3人家族
在韓歴:2010年からなので、今年10年目!!
言語:日本語、韓国語、英語(勉強中・・・)

2.幼少期~高校まで

8月15日 終戦記念日。

長野県松本市

田んぼが広がる松本盆地で生まれました。

自然溢れる環境で、
外に出ては花を摘んだり、虫を掴まえたり、
まさにおてんばな性格でした。

小さいころから作ったり、
絵を描くのが好きで、
将来は何か作る人になりたいと

思っていました。

皆、絵を描くのが好きだと思っていて(笑)
家にお友達が遊びに来ると、
一緒に絵を描こうと庭の花を
スケッチしに誘ったりして
つまらない反応されることに
衝撃を受けて傷ついてました。

今思うと笑えますね(^▽^)

ピアノを習わせてもらっていましたが、
練習嫌いで、練習しなくても
それなりに描ける絵が好きでした。

両親はそんな私のために
たくさん美術館に連れていってくれて、
絵画コンクールなどで入選したりしてました。

その反面、小学校高学年になっても
おてんばぶりは健在で
長距離の選手として小さな大会に出たり、
週末のサッカースクールに入って、
スパイク履いて試合にも出てました(笑)

でもその頃から少しずつ、
私は何のために生まれてきたんだろうと
疑問を持つようになります。

なにせ誕生日が終戦記念日なので、
「なぜ人は戦い、殺し合うのか」とか
「生きる意味」というものに
関心を持つようになりました。


高校生になったある日、
どうしても見に行きたい
写真の展示会が長野市で
行われることが分かりました。

それが米報道界最高の栄誉とされる、
ピューリッツァー賞の展示会
でした。

両親に頼んで一緒に行ってもらいましたが、
その時のことを今でもよく覚えています。

まさに死と隣り合わせの場で
犠牲になる人々と戦う人々、
それはとても深く胸に刻まれました。

「自分はどう生きていくべきか」


考えても考えても答えが出ない中で、
NHK「トップランナー」や
「情熱大陸」に出ているような、
好きなことを仕事にしてプロと呼ばれる人に
強く惹かれるようになります。


「クリエイター」「表現者」
と呼ばれるような人になりたい。

その頃一番思っていたことです。

もともと好きだったARTというものや
ファッションが好きだったので、
何かそれに関する仕事がしたいと、
無謀にも
「ファッションデザイナーになりたい」
と言い出して、雑誌の「荘苑」など見ながら
デザイン画を描いたりしていました。

両親はさすがに大反対…

ファッションじゃないのにしろ、
資格を取れるものにしないとだめだ!
と言われて、最初はかなり反抗しました。

かなり色々悩んだ挙句、
じゃあインテリアも好きだから
どうせやるなら建築学科に行こう!!
と決めました。

でも、私立の美大の建築学科は
あまりに学費が高く、
それでも美術系に行きたい私は、
国公立の美術系の建築学科か、
私立の工学部の建築学科という
併願をすることになります。

数学の数Ⅲ・Cをしながら、
デッサンの勉強もするという
超無理のある併願をして
ストレスは最高潮に・・・

結果はセンターで大コケ
私立の工学部の建築学科に絞られました。

なんとか浪人せず大学に合格できたので、
晴れて大学生になって、
横浜で一人暮らしをスタートしました。

3.大学から就職、渡韓まで

大学生になって、憧れの横浜での
一人暮らしをスタートして、
一番したかったのは、東京・横浜でしか
行われないARTの展示会に行くことでした。

建築学科だったので、
有名建築家が手掛けた建築を見に行ったり、
ありとあらゆるARTの展示会に行きまくって、
とても楽しく過ごしていました。


横浜トリエンナーレ2001では
ボランティアSTAFFに応募して、
案内・監視スタッフをしながら
ART鑑賞していました。
下の写真は特にその時に話題になった、
「オノ・ヨーコ」さんの作品です。

実弾の跡が無数に空いている列車から
夜になると一筋の光が放たれ、
平和を祈るようなコンセプトでした。

ただ美しい情景を描いたARTも好きですが、
今もメッセージ性が高い現代ARTを通して、
何かに気が付いたり考えさせられたり、
ということが面白いと感じます。

建築学科の課題でもそれなりに評価されて、
良く前に出て発表する方だったので、
(A+やAをもらった人が指名される)
いずれ建築家になるんだ!と
思っていましたが、就活をしながら
どんどん現実が見えてきました。

建築家になるには
建築事務所で修行するんですが、
そこの給料が衝撃の安さだったり、
(当時10万円以下と聞いてた気がします。)
忙しい時は夜もまともに眠れなかったり、
何よりも思った以上に男性社会
ということでした。

それでもあちこちの建築業界の会社に
説明会に行ったり
エントリーシートを書いたり、
面接に行ったりしましたが、
結果は思わしくなく・・・

ある会社の説明会の受付では、
「ここは女性を採ってないのを
知ってて来てますか?」と聞かれて、
そのまま帰ったこともありました。

一人暮らしして住んでいくには、
建築事務所では暮らせない。
でも、建築業界の会社では採用されない。

都会の面白さが大好きだったので、
実家に戻る、という選択肢は
ありませんでした。

結局再度、方向転換をすることになります。
とにかく、採用してもらえそうなところに
履歴書を出して採用をもらおう!と
切り替えてPCメーカーに就職しました。

その後、商社に転職しましたが、
このままいずれ結婚して子供産んで・・・
という平凡な幸せというものに興味がなく(笑)、

思い切って会社を辞めてワーホリに
行くことになります。

昔から海外に住んでみたいと思いながらも
語学が出来ない上にやっぱり怖いため、
近くて知り合いがいる韓国
行くことになりました。

これが運命の分かれ道でした。

4.ワーホリで渡韓、結婚、韓国へ移住、カメラマンに

既に何度か韓国に行っていた中で紹介された
今の旦那さんと付き合うことになり、
紆余曲折を経て国際結婚

でも韓国に遊びに行ったり
ワーホリで住んでいるのと、
実際に嫁となって住むのでは全然違いました。

韓国語もある程度は出来ましたが、
難しいことになるとチンプンカンプン・・・

外国に住むことの難しさを痛感しました。

一人で毎日旦那さんの帰りを待つのは
性格に合わないし、
一向に韓国語が伸びる気配もなく、
何か仕事しようと決めて
ソウルの印刷会社に就職しました。

ソウルからはKTX(韓国の新幹線)に乗らないと
通勤できない所に住んでいたので、
毎朝KTXに乗って出勤してました。

そんなある日、
当時皆がやっていたmixiを通して、
日本のカメラマンさんとお友達になりました。
なんでも、

自分が毎回韓国に飛ぶのは大変だから、
現地で撮れる人を探していた。

とのことで、バイト代あげるから
「 ソウルドラマアワード 」に行って
写真を撮ってきて欲しいとのこと。

韓国でも割と大きめの授賞式で、
日本や海外からも芸能人が来るような
イベントです。

趣味でCANONの一眼レフを
持ってはいたものの、
そんなところに行くのはかなりの勇気でした。

しかも、正直「mixi」経由だったので
そんなうまい話あるかい!と
思って迷いました(笑)

でも「ソウルドラマアワード」に行って、
データを送って、もし報酬をもらえなくても
芸能人を近くで見れて、
大好きな写真を撮れて、
それだけでも面白そうだ!
という結論に至り、
なんと「記者」として、
取材に行くことになりました。

右も左も分からないまま必死に写真を撮って、
データを送ったら、

「思ったより良かった!
これからもよろしく!」

と言われて、そこからたまに
イベントがあると取材しに行く、
韓国芸能カメラマンになりました。

人生何が起こるか分かりませんね(;^_^A

ドラマの制作発表、映画の制作発表&試写会、
大型のコンサート、サイン会、授賞式、
映画祭のレッドカーペットなど、
ありとあらゆる場で
とにかく写真を撮りまくりました。

それが韓国芸能情報のサイトに載ったり、
雑誌に載ったり、最終的には
コンサート写真などを
女性セブンのグラビアページに
載せてもらったこともあります。

とても楽しかったのですが、
脚立を持って、ノートPCを持って、
カメラとレンズと替えのレンズ、
ストロボ、バッテリーを持ち歩いて、
何時間も撮影するのはものすごい重労働
これはずっとは出来ないなと
感じていました。

そして、悩みがもう一つ・・・

なかなか子供に恵まれなかったんです。

どうしても子供を諦められなかったので、
楽しかった仕事を休んで、
覚悟を決めて妊活をすることに。

なんとか無事に妊娠することが出来て、
2015年に娘を出産しました。

5.子育て、BUYMAとの出会い

初めての子育ては大変ながらも、
とにかく可愛くて可愛くて
50日後の記念は家で
一生懸命セットして、
一人で写真を撮りまくりました(笑)

可愛くて幸せなんだけど、
将来を考えると、
とてもお金がかかる韓国の教育事情や
日本の両親に対する親孝行が
全く出来ていないこと、
旦那のお給料だけでは不安だと思い、
子育てしながら在宅で出来る仕事が
何かないかと探していました。

そんな時に韓国に来たころからの友達で
二児の母をしているIさんに電話をしたら、
最近仕事を始めたとのこと。

月5万円くらいは稼いでいると聞いて、
「何それ!私もやる!!」と言って
教えてもらったのが 「BUYMA」でした。

おおよその流れを聞いて、
聞いてすぐアカウントを開設しましたが、
最初の 1 つ目をなかなか出品出来ず、
一週間でやっと1つ出せました。

資金がなくてスマホケースなどから
始めましたが、思ったよりも早く注文が
来始めて、それからは夢中になって
BUYMAをするようになりました。

6.BUYMAの教材、コンサル、コミュニティとの出会い

高校生の時に関わりたかった
ファッション業界にこんな風に
関わることになるとは!と思い、
人生の中で最大に稼げていたので
寝る間も惜しんでしてました。

最初はとにかく数を売りまくる
薄利多売でしたので、
いつしか梱包・発送するのも
本当に大変になりました。

当時は車の運転が怖くて出来なかったので、
近くの郵便局まで発送しに行くのに、
何十個もの箱を大きな袋に詰めて
子供を抱っこひもに入れながら
タクシーに乗って持っていっていました。

近所に住んでいた日本人の
お姉さんにも手伝ってもらって、
最高1日20個くらい
発送したこともあります(笑)

さすがにこれは限界だ。と気が付いて
元々メルマガを読んでいた、
小野明さんや和田直也さんの
教材を購入しました。

そして最大の転機、
小野さんが大絶賛されていた、

坂東さんが開催のギムナジウムという
コミュニティに思い切って入ることに。

ここで結果を出している方の思考、
方法、観点などを学ぶことが出来ました。


当時、プライベートで相当病んでいて、
「分かってても出来ない→自己嫌悪
→売り上げ下がる→やる気が出ない」という
悪循環にハマっていましたが、
何とかそこから抜け出して
最高益を出すことが出来ました。

7.在韓日本人グループのハピソとの出会い

ギムナジウムに参加していた頃、
HAPPYちゃんという、
有名ブロガーさんの講演会に
友達から誘われて参加したのを
きっかけに、「ハッピーソウル」という
在韓日本人コミュニティに
出会いました。

引き寄せの法則とか、
いわゆるスピ系が好きで
自分らしく楽しく生きよう的なコンセプトに
共感した人が集まっているコミュニティです。

もともと引き寄せの法則は興味があったのと、
とても楽しそうに生きているメンバーと
話すのが楽しくて、
たまに集まりに参加するようになりました。

その中のメンバーの一人が
生活韓服にハマった時期があって、
一緒に生活韓服を着て撮影会をしたのですが、
それがめっちゃ楽しかったんです!

その時に花かんむりを付けたら
もっと可愛い!!となって、
花かんむりを皆で作って、
皆の写真を私が撮る、なんてこともしました。

その時に撮った写真を修整する中で、
実物よりもちょこっとキレイにしてあげて
それをプロフィール写真にすることで、
毎回見る度に「あれ?自分結構可愛いじゃん!」
となったり、皆からも「可愛い!」って
言ってもらうことにより、
自己肯定感があがるのでは?という
思いが湧きました。

それから皆の魅力を引き出してあげたい
やっているお仕事の応援をしたい
思うようになり、ありきたりじゃない
素敵なプロフィール写真撮影をしよう!
と決めました。

8.葛藤、そして決意

決めたはいいものの・・・
告知してお金もらって
撮るっていうことに
自信がありませんでした。

お金もらって撮ったのに
気に入ってもらえなかったら?

そう思うと、お金をもらってするのが
怖かったんです。

でも勇気を持って告知したら、
多くの方が依頼して下さって
本当に嬉しかったです。

そして、 BUYMAについても
実はとても追い込まれた時に
ある方にご相談したところ、
「それは教える時に来てるね」
と言われました。

お金もらって教えたのに、
結果を出せなかったら?

そこも躊躇していましたが、
プロフィール撮影もBUYMAコンサルも
もうやるしかない!となって始めました。

実際にやってみると、
コンサル生の方が少しずつでも注文を受けて、
収入になっていく様子を見ながら、
ご本人もご家族も喜んでいるのを聞いて
心からやって良かったと思っています。

なりたい姿はそれぞれ違いますが、
自分で稼げることは自信につながるので、
まず何か始めたい、収入を得たい、
という方にはBUYMAコンサルを。

既に何か仕事をしていたり、
自分のビジネスをしている方、
これから始めようとしている方、
SNSで何か広めたい方には
プロフィール写真撮影や
スタイリングを通した
ブランディングで応援を。

今までも情報発信をしたいと思ってきましたが、
アメブロを始めては挫折して、
なかなか続けられませんでした。

でも今は、同世代で
一生懸命子育てしながら、
仕事も頑張って、
理想のライフスタイルを
叶えたいという人と
共に刺激し合って
成長していきたいという思いが
強くなっています。

紆余曲折しながら、
やっとここまで来ていること、
韓国でBUYMAしている
日本人発信者があまりいないこと、
元芸能記者でフォトグラファーをしていて、
ファッションやオシャレなことが好きな人、って
たぶん他になかなかいないので、
私にしか出来ないことや
何かお手伝いできることがあるのでは、
と思いました。

こう見えても自信がなく、「私なんか・・・」
そう思ったことは数知れないので、
色んな気持ち、良く分かります。

でもたった一度の今を、
二度と戻れない今を、
何もやらずに過ぎて欲しくないって
とても思います。

本当はやりたいこと、
本当は体験したいこと、
本当は行ってみたいところ、
どんな人にも必ずありますよね!


私は輝きたい方を心から応援したい気持ちで
コンサルしたり写真を撮ったりしています。

必ず!なりたい自分になれますよ!

少しでもあなたの理想を現実化する
お手伝いが出来れば嬉しいです!


長くなりましたが、最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。

2020年7月2日
深澤 佳恵

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